家族信託(民事信託)が事前相続対策として有効な場合はどのようなときか。

1.信託の拡がり

    (1)日本における「信託」利用の増加
    洋画を見ていると、しばしば「信託」による財産の処理がしばしば出てくる。
    先だっての洋画では、夫殺しの冤罪で警察から逃げている女性容疑者がついに捕まる寸前のシーンで親友の女性に一人娘のために「受託者」依頼をするシーンがあった。
     信託は依頼人の財産を他者に託する法的関係であるが、このような自分が刑務所から出所するまでの間における信託のようなレアケースばかりでなく、一般的に相続における資産移転に信託契約は適しており、西洋では相続に関連する資産移転のために信託契約が発展してきた歴史がある。
     この信託について、私が学生の頃は法学部における民法総則は大家である我妻先生か新進の四宮先生の理論によって議論することが多く、その四宮先生が信託法をこれまた当時の定番の法律書シリーズであった有斐閣の法律学全集から出されていた。当時は浅学の私はマイナーな法律であって、ナントカ信託銀行といった大金持ち相手・大会社相手の縁遠い組織が関係者や対象に過ぎないと思っていたものである。
     ところが近年、信託法の抜本的改正も行われ、信託銀行などの金融機関を離れて、市井の方々も自己の財産の「委託者」になり、「受託者」に財産を移転し、自己若しくは第三者を「受益者」とするということが西欧のように当たり前にできるようになってきたのだ。地方銀行なども信託の代理店になったり、いまやこの法律は民事関係の重要な一角を占めるようになったと言っていいだろう。
     教育資金の一括贈与制度の導入等の税制度の改正もあり、さらに相続や贈与に関する信託利用は増加傾向にある。四宮先生も生前なら驚く変化であろう。
    (2)「信託」用語の混乱
    しかしながら、今となっては誰の責任か不明であるが、「信託」用語の混乱が発生しているのは憂うべきことであろう。
     まずはハッキリさせておく必要があるのは、「遺言信託」なる商品を信託銀行や地方銀行等も信託銀行の代理店として扱っているが、これは信託法と無関係なのである。これは本当に困ったことである。これは信託銀行等が、遺言の作成をサポートし、保管、執行等までを行う商品のことを称して「遺言信託」と言っているのだ。
     私は、司法試験論文式に受からなかったので弁護士法や弁護士実務との関係は詳らかではないが、一定の法務活動ができる明文規定がある行政書士ならいざ知らず、このような法律業務を銀行等がやっていいのであろうか。非常に疑問を感じる。
     しかも、当該銀行等が言っていることであるが、相続人間で法的紛争状態にある場合や、認知等の身分に関する事項等は取り扱わない。この場合は、中川総合法務オフィスでは、契約書そのものに、弁護士に紛争以来ができるようになっているのであるが。それが責任ある仕事の仕方でしょう。逃げて済むものか。
    また、信託法上は「遺言による信託設定」の明文規定があるのであるが、紛らわしいこと限りない。以下の条文を見てもわかる通り、条文見出しにはこの意味で「遺言信託」を使っているのだ。笑えない冗談でしょう。内閣法制局等はもっと真面目に、日本法全体を見渡して市民が法律用語で混乱しないように公務員として仕事をすべきである。義務の怠慢は国家公務員法及び国家公務員倫理法違反で明文規定の通り懲戒処分の対象である。

※信託法の5条等参照
(遺言信託における信託の引受けの催告)
第五条 第三条第二号に掲げる方法によって信託がされた場合において、当該遺言に受託者となるべき者を指定する定めがあるときは、利害関係人は、受託者となるべき者として指定された者に対し、相当の期間を定めて、その期間内に信託の引受けをするかどうかを確答すべき旨を催告することができる。…

    2.信託関係の基本
    (1)「信託」とは
     信託とは、財産を所有する依頼者が、一定の信託目的で依頼者が信頼する他者に対して金銭や土地などの財産を託するために移転し、託された他者は信託目的に従って、信託財産の管理・処分などを行う法律行為である。
     財産を託し、信託を依頼する者を「委託者」といい、信託を受ける者を「受託者」という。また、信託により利益を受ける者を「受益者」という。
     信託においては、信託された財産は委託者の名義ではなく受託者の名義となるため、受託者の法的責務は重くなっている。すなわち、受託者には、基本的な義務として善管注意義務・忠実義務・分別管理義務の3つが課せられる。善管注意義務は、受託者が善良な管理者の注意をもって信託事務を処理しなければならないという義務であり、忠実義務は、受益者のため忠実に信託事務の処理をしなければならないというものである。分別管理義務は、受託者が、信託財産に属する財産と固有財産(受託者の個人財産)や他の信託財産に属する財産を分別して管理しなければならず、いわゆる信託口口座を開設しなければならない。この口座は地方銀行(中川総合法務オフィスのある京都ナンバーワンの京都銀行等)では、開設できないことが多く普及を妨げているので普段から指導しているように銀行関係者は信託法をもっと勉強することである。
    信託することができる財産の種類には制限がなく、金銭、株式・国債等の有価証券、一般的貸付債権・リ-スクレジット債権等の金銭債権、動産、土地・建物、特許権・商標権・営業秘密等やビートルズ等音楽著作権その他の著作権等知的財産権も可能である。
     また、受益者については、委託者以外の者が利益を享受する「他益信託」と、委託者自身が利益を享受する「自益信託」があって、いずれも可能であり、私も含め相続現場で多いのは後者の委託者と受益者一致の活用が多かろう。
    ◆信託監督人と受益者代理人は任意
    ①信託監督人は、受益者のために受託者を監視・監督する人である。信託法131条以下
    受益者が高齢者・未成年者などの場合に、受託者を監視・監督することが困難な場合があり、受益者の代わりに受託者を監督する。特に資格が必要ではなく、未成年・成年被後見人・被保佐人及び受託者以外は信託監督人に就任できる。
    ②受益者代理人は、受益者のために受益者の権利を行使する人である。受益者が未成年・高齢者・知的障がい者の場合に権利を行使が困難な場合があり、受益者に代わり受益者の権利を行使する。その時は、受益者本人は受託者の監督・監視以外の権利行使ができなくなる。
    資格は、信託監督人と同様である。
    なお、信託監督人は当初契約で定めていなくても、特段の事情があれば裁判所への申立てで信託監督人を選任できる。受益者代理人は、当初契約で定めていない場合には、選任できない。
    また、いずれも契約書の中で報酬の定めがない場合には、報酬の請求はできない。
    (2)信託の魅力
    信託は、財産の運用・管理を専門家に任せたり、または委託者自身の財産管理機能の低下に事前に備えたりすることができ、また、信託から上がる利益について、自身だけではなく、委託者が指定する第三者にも享受させることもできる。法律関係が柔軟なのである。信託は相続とも相性のよい法律行為なのに、相続おもいやり相談室を運営する当中川総合法務オフィスのような専門家が少ないことがネックになっている。

3.遺言代用の信託

    遺言代用の信託とは、下記の信託法条文にあるように、委託者の死亡を契機として、財産の一部を特定の相続人に承継させる信託をいう。これは、相続現場で有用な事があり、中川総合法務オフィスでも説明会では依頼者のケースによっては紹介する場合がある。なぜなら、被相続人の死亡による銀行等の金融資産の凍結は、相続人にとって相続開始後にまず困ったになる問題である。これは、相続人のこの悩みを事前に解決出来るのだ。
    ※(委託者の死亡の時に受益権を取得する旨の定めのある信託等の特例
    第九十条 次の各号に掲げる信託においては、当該各号の委託者は、受益者を変更する権利を有する。ただし、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる。
    一 委託者の死亡の時に受益者となるべき者として指定された者が受益権を取得する旨の定めのある信託
    二 委託者の死亡の時以後に受益者が信託財産に係る給付を受ける旨の定めのある信託
    2 前項第二号の受益者は、同号の委託者が死亡するまでは、受益者としての権利を有しない。…
    信託銀行若しくは兼営している銀行が関与することになるのがネックだが、依頼者は自分自身のため、または推定相続人のため、自身の金融資産を信託財産として受託者である信託銀行等に委託する。信託財産は信託の設定時である生前において受託者に譲渡されるため、委託者の相続財産には含まれないこととなる。このため、受益者に指定された相続人は、遺産分割協議等の手続を経ることなく、信託財産たる金融資産を受け取り、急ぎの葬儀費用などに充てることが可能になるのだ。
     公正証書遺言の作成は必要でない。相続法的には、全財産の分割が決定していない状況でも、特定の財産を特定の相続人に分割指定できることになる。また、信託銀行によっては、委託者が生前に信託財産からの分与を受けつつ、残りの信託財産を相続人が受け取る契約方法もある。この場合は、生前の財産管理機能と一部の資産の相続機能を兼ねることができることになると言えよう。
     しかし、相続おもいやり相談室(中川総合法務オフィス)では、遺言の公正証書の他に、生前の委託契約と任意後見契約、そして死後事務処理契約をセットでクライアントと契約することがあるので、その場合は預かり金を当方の口座に入れるので必要ない。そうしないときには、遺言の補完的な機能を利用するためにこの「遺言代用の信託要がある」を利用するものである。遺言補充性をもって本質とするのである。不動産を含めた相続資産全般の法的な解決にはならない点に注意すべきであろう。この信託財産は、相続法的には、相続財産に含まれないものの、遺留分減殺請求の対象となる。
     なお、信託銀行・信託会社等が受託者となる場合は、信託銀行等への報酬の支払いが通常は必要で、各信託会社でそれは自由であるが、京都金融機関では通常は最低200万円以上で、200万円ジャストであってさえも数万円は信託報酬として支払う必要がある。

4.民事信託(家族信託)

    (1)生前の遺産対策としての柔軟さ
    本来の信託法の信託で、金融機関を介在しない信託である。最も多い形が、被相続人となる親を委託者・受益者とし、その子が受託者となる場合である。長寿高齢化社会の中で、健康寿命とのギャップが10年近いものとなっている日本社会の中で、85歳以上であれば少なくとも痴呆症が10人に1人以上である現実で、被相続人である親の財産管理能カが低下していくことに対応できる点が最大のメリットである。
    例えば、アパート事業を個人事業として営む親が、認知症等を発症し事業の管理能力に支障をきたした場合、当該財産の所有権が親のままである場合には、アパートの修繕や建替えができずに資産価値が劣化する等の問題が発生する。こうした事態の解決のための制度としては、民法の成年後見制度があるが、同制度では成年後見人が家庭裁判所の監督に服さねばならず処分は通常は許可が出ないといった問題がある。
    ところが、民事信託であれば、子が受託者となり、親の生存中は親を受益者として信託財産からの利益(不動産賃貸収入など)を享受するという信託契約が可能で、委託者である親の死亡時には、受益権を親の配偶者に移転させれば、実質的に遺言と同様の財産分割の指定が可能となる。
    もっともこの場合に、後見制度と異なり、親の介護・看護などの日常の身辺に関する支援は民事信託には含まれていないので、その点は家族が別途決めざるを得ない。
    さらに、委託者兼受益者の死亡時に、特定の相続人を第二受益者に指定すれば、生前の財産管理から相続までを一括して託することが可能である。また、信託においては、さらに次の第三受益者の指定もできるので承継における柔軟さが際立っている。
    (2)適任の受託者選定が最重要
    受託者が一般個人や法人であるため、受託者の信用面や受託者責任を果たすことが可能か等、受託者の資質面のチェックの必要性等が挙げられる。信託法では、下記のように受託者には重大な法的義務が課せられる。

    受託者の注意義務
    第二十九条  受託者は、信託の本旨に従い、信託事務を処理しなければならない。
    2  受託者は、信託事務を処理するに当たっては、善良な管理者の注意をもって、これをしなければならない。ただし、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる注意をもって、これをするものとする。
    忠実義務
    第三十条  受託者は、受益者のため忠実に信託事務の処理その他の行為をしなければならない。
    (利益相反行為の制限)
    第三十一条  受託者は、次に掲げる行為をしてはならない。
    一  信託財産に属する財産(当該財産に係る権利を含む。)を固有財産に帰属させ、又は固有財産に属する財産(当該財産に係る権利を含む。)を信託財産に帰属させること。
    二  信託財産に属する財産(当該財産に係る権利を含む。)を他の信託の信託財産に帰属させること。
    三  第三者との間において信託財産のためにする行為であって、自己が当該第三者の代理人となって行うもの
    四  信託財産に属する財産につき固有財産に属する財産のみをもって履行する責任を負う債務に係る債権を被担保債権とする担保権を設定することその他第三者との間において信託財産のためにする行為であって受託者又はその利害関係人と受益者との利益が相反することとなるもの…
    分別管理義務
    第三十四条  受託者は、信託財産に属する財産と固有財産及び他の信託の信託財産に属する財産とを、次の各号に掲げる財産の区分に応じ、当該各号に定める方法により、分別して管理しなければならない。ただし、分別して管理する方法について、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる。
    一  第十四条の信託の登記又は登録をすることができる財産(第三号に掲げるものを除く。) 当該信託の登記又は登録…

    受託者の信用力として、個人が受託者となる場合であれば、当該個人の死亡や判断能力の低下、または破産等のリスク、法人が受託者となる場合では、当該法人の解散や破綻等の信用リスクを十分に考慮しないと、信託における契約関係は不安定となる。
    また、受託者の義務の遂行の観点からは、信託財産の流用や、受益者のためではない信託財産の活用による自身の利益の優先等リスクがあろう。
    複数人の相続人が存在する場合においては、受託者となる相続人として適任者は誰であるのか、また相続人間において誰が受託者となるのか、委託者が死亡した際に信託財産はどうなるのかの信託契約における取り決めも信託契約の安定のために必要不可欠である。

    (3)信託設計の専門家不足
    中川総合法務オフィスの信託についての地方銀行等での折衝で判っているのであるが、きわめて銀行等の知識と経験が乏しいのが現状である。相続専門の士業における信託に詳しい専門家も少ない。ご存知のように、専門家を名乗る士業が出版している本は基本的なところで間違っておりアマゾンなどで厳しい批判が出ている。行政書士会会長の発言でも遺言を超える制度と言っていたが何が超えておるのかお教え願いたい。当方も啓発していく所存である。

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