1.尊厳死宣言の意味
(1)安らかな死を求めて
自己の命が終わるときに、過剰な延命措置を止めてもらい、苦痛を除くこと以外は医師の治療を受け付けないことを宣言するのが尊厳死(death with dignity)宣言である。基本的人権としての自己決定権である。
尊厳死協会もあって、普及してきた。
人間としての尊厳 (dignity) を保って死に臨むことを医師との間でかわすことになる。
そこで、医療行為や治験など内容についてよく説明を受け十分理解した上で自らの自由意志に基づいて合意するインフォームド・コンセントと関連性が深い。
また、尊厳を保ちつつ最期の時を過ごすための医療であるターミナルケアとも関連性が深かろう。
現代医学の進歩、殊に、延命治療に関する医療技術の進歩により、患者が植物状態になっても長年生きている実例もきっかけになっている。
近親者に物心両面から多大な負担を強いるのではないかといったことや植物状態になっても生きていたい人はほぼいないだろう。
(2)殺人罪の可能性
日本では事前に本人による尊厳死宣言が医師に示されても、治療を止めたことで、親族などから殺人だと訴えられる可能性がある。違法性を阻却する尊厳死のための関連法律がないので、医師の間では尊厳死宣言があっても人工呼吸器を取り外すことはしないことが多いようだ。
また、安楽死は、スイスやオランダのように認める国もあるが、日本では認めれていない。特に、致死性の薬物の服用または投与により、死に至らせる行為である積極的安楽死は殺人罪であって、下記の有名な名古屋高裁の安楽死要件もあるが、実行する医師はいない。
※回復の見込みがない病気の終末期で死期の直前である。
患者の心身に著しい苦痛・耐えがたい苦痛がある。
患者の心身の苦痛からの解放が目的である。
患者の意識が明瞭・意思表示能力があり、自発的意思で安楽死を要求している。
医師が行う。
倫理的にも妥当な方法である。
これに対して、予防・救命・回復・維持のための治療を開始しない、または、開始しても後に中止することによって死に至らせる行為である消極的安楽死は、刑法第202条の、人を幇助して自殺させる自殺幇助罪、人の嘱託を受けてその人を殺害する嘱託殺人罪・承諾殺人罪等の構成要件該当性の可能性は否定できないであろう。
殊に、患者本人の明確な意思表示に基づかず、患者本人が事前意思表示なしに意思表示不可能な場合は、患者の親・子・配偶者などの最も親等が近い家族の明確な意思表示にも基づかず、医師が治療の中止をした場合は、そう言える。患者本人の明確な意思表示に基づかずに、または、家族の明確な意思表示に基づかずに、治療を開始しなかった場合も、殺人罪または保護責任者遺棄致死罪の可能性があろう。
2.尊厳死宣言公正証書の有効性
(1)公証人実務の先行
公証人役場では、下記のような内容の尊厳死宣言公正証書を作成することをうたっている。公証人役場の事実実験の一種である。
疾病が現在の医学では不治の状態にあり、死期が迫っていると医師2人に診断された場合は、延命のみを目的とする措置は行わず、苦痛緩和措置を最優先に実施し、人間としての自然なかたちで尊厳を保って安らかに死を迎えることができることを望んでいる。
1で述べた、違法性を阻却する可能性のある本人の事前の宣言である。
このような宣言があっても、医師は治療を開始しなかったり、中止したりすることはないかもしれない。
しかし、普及してきていることは確かである。医師も尊重するであろう。
※日本尊厳死協会の機関誌「リビング・ウィル」のアンケート結果によれば、同協会が登録・保管している「尊厳死の宣言書」を医師に示したことによる医師の尊厳死許容率は、近年は9割を超えている。
(2)尊厳死宣言公正証書の例
「尊厳死宣言公正証書」とは、嘱託人が自らの考えで尊厳死を望む、すなわち延命措置を差し控え、中止する旨等の宣言をし、公証人がこれを聴取する事実実験をしてその結果を公正証書にするものである。
※本公証人は、平成○年○月○日、嘱託人○の嘱託により、尊厳死宣言に関し陳述した事実を録取し、公正証書を作成する。
第1条 私(名前)は、私が将来病気に罹り、それが不治であり、かつ、死期が迫っている場合に備えて、私の家族及び縁者並びに私の医療に携わっている方々に、以下の要望を宣言します。
1 私の疾病が現在の医学では不治の状態に陥り、既に死期が迫っていると担当医を含む2名以上の医師により診断された場合には、死期を延ばすためだけの延命措置は一切行わないでください。
2 しかし、私の苦痛を和らげる措置は、最大限にしてください。そのために、例えば、麻薬などの副作用で死亡時期が早まったとしても、一向にかまいません。
第2条 私に前条記載の症状が発生したときは、医師も家族も私の意思に従い、私が人間として尊厳を保った安らかな死を迎えることができるように御配慮ください。
第3条 私のこの宣言による要望を忠実に果たして下さる方々に深く感謝申し上げます。そして、その方々が私の要望に従ってされた行為の一切の責任は、私自身にあります。警察、検察の関係者におかれましては、私の家族や医師が私の意思に沿った行動を執ったことにより、これらの者を犯罪捜査や訴追の対象とすることのないよう特にお願いします。
第4条 この宣言は、私の精神が健全な状態にあるときにしたものです。したがって、私の精神が健全な状態にあるときに、私自身が撤回しない限り、その効力を持続するものであることを明らかにしておきます。
(文言の加入例)私は、前条の尊厳死宣言をするに当たっては、あらかじめ私の長男○○の了解を得ており、かつ、この宣言に際し、長男○○を立ち会わせました。
松戸公証人役場HPより引用
※公証人費用は、11,000円と正本・謄本代が2,000円程度に、代理人費用になろう。
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