遺言書を法律的に有効にするには法の定める遺言の方式にのっとり、いくつかの用意されたパターンである自筆証書遺言、公正証書遺言等のうちで合ったものを選択し、法の定める共同遺言の禁止の定めや遺言の無効に気を付け、状況が変われば遺言の撤回もすることを考えたほうがいい。以下順に述べる。
1.どの遺言の方式を選べばいいか
「自筆証書遺言」は、全文を遺言者の自筆で記述する必要があり、代筆やワープロ打ちは不可である。
日付や氏名も自署である。押印も必要だが、実印でなくてかまわない。
この形式が一番面倒なのは、遺言書の保管者または発見者は、相続の開始を知った後、遅滞なくこれを家庭裁判所に提出して、その検認を請求しなければならない(民法1004条1項)ことにある。
勿論、発見されなければそれまでで、作らなかったのと同じなってしまう。
なお、「法務局における遺言書の保管等に関する法律」では適用除外されている。つまり令和二・七・一〇に施行された「法務局における遺言書の保管等に関する法律」では、検認は不要である。保管時に形式面などのチェックが行われるからである。相続おもいやり相談室でも何回もしているが、通常は法務省の職員がかなり慎重にチェックする。ほぼ半日かかる。
(遺言書の検認の適用除外)
第一一条
民法第千四条第一項の規定は、遺言書保管所に保管されている遺言書については、適用しない。
「秘密証書遺言」も、この面倒な点は同じであるが、遺言内容を秘密にしつつ公証役場(公証人)の関与を経る方式である。
偽造・変造のおそれがないのが自筆証書遺言と違う。
公証役場に行く必要があるので、証人2名と手数料が必要であるが、なんといっても楽なのは、自筆でなくて、遺言者の署名を除いて本文は代筆やワープロ打ちも可能な点であろうか。
押印は必要であり(970条1項1号)、その押印と同じ印章で証書を封印しなければならない(同項2号)。
公証役場では公証人が遺言者の氏名と住所の申述後に証書提出日及び遺言者の申述内容を封紙に記載し、遺言者及び証人と共に署名押印する(同項4号)。遺言書の入った封筒は遺言者に返却されるので、保管をする。
「公正証書遺言」は、遺言内容を公証人に口授し、公証人が証書を作成する方式である。
証人2名と手数料が必要で、推定相続人・受遺者等は証人となれない。
公証人との事前の打ち合わせを経るため、公証人にも差があるので完全ではないが法律的には一番問題の少ない遺言を作成することができる。
他にも、証書の原本は公証役場に保管され、遺言者の死亡後に関係者は検索できるようになっている。
遺言者にも正本・謄本が交付され、検認は不要である(1004条2項)。
公証役場に行かなくても実務では公証人が出張して作成することもある。
やはり総合的に見て最もおすすめだろう。
なお、以上の普通方式が不可能な時に、特別方式遺言として、危急時遺言と隔絶地遺言がある。
だが、普通方式遺言が可能になってから6か月間生存した場合は、遺言は無効となる(983条)。
実務的には、「一般危急時遺言」が作成の可能性が一番高く、疾病や負傷で死亡の危急が迫った人の遺言形式である(976条)。
証人に遺言者が遺言内容を口授して筆記したものを遺言者及び他の証人に確認させ署名・押印する。
20日以内に家庭裁判所で確認手続を経ない場合は遺言が無効となる。
公証人の出張による公正証書遺言が不可能な時はこれによるしかない。
他に、「難船危急時遺言」、「一般隔絶地遺言」、「船舶隔絶地遺言」がある。
「難船危急時遺言」
「難船危急時遺言」は、船舶や飛行機に乗っていて死亡の危急が迫った人の遺言方式である(979条)。
「一般隔絶地遺言」
「一般隔絶地遺言」は、伝染病による行政処分によって交通を断たれた場所にいる人の遺言方式である(977条)。
刑務所の服役囚や災害現場の被災者もこの方式で遺言をすることが可能である。
警察官1人と証人1人の立会いが必要で、家庭裁判所の確認は不要である。
「船舶隔絶地遺言」
「船舶隔絶地遺言」は、船舶に乗っていて陸地から離れた人の遺言方式である(978条)。
飛行機の乗客はこの方式を選択することはできない。
2.自筆遺言証書のメリットとデメリット
「第九百六十八条 自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。2 自筆証書中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない。」
この方式は、簡便さで優れているが、偽造や変造の可能性が高い。
そもそも、全文を自書する必要があるので、機器の利用は認められない。
信託も含めた銀行実務でいつも問題になる「他人の添え手」は、実務上は他人の意思が本当に運筆に影響がなかったことが筆跡鑑定で認められることが必要になる厳しいものである。
日付は、具体的に年月日が特定される必要があり、その日付の位置は封書でもいいが、遺言が完成した日を記入する必要がある。
氏名は、ペンネームでも同一性が特定できればよい。
押印は、認印でも指印でもいいが、文書の確実性や正式性が担保できれば他人が押したものでも有効にある場合がある。
加除その他の変更は、上の厳格な要件を満たす必要があるが、実務では遺言書を救済するために多少緩和されている。
3.公正証書遺言のメリットとデメリット
「第九百六十九条 公正証書によって遺言をするには、次に掲げる方式に従わなければならない。
一 証人二人以上の立会いがあること。
二 遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授すること。
三 公証人が、遺言者の口述を筆記し、これを遺言者及び証人に読み聞かせ、又は閲覧させること。
四 遺言者及び証人が、筆記の正確なことを承認した後、各自これに署名し、印を押すこと。ただし、遺言者が署名することができない場合は、公証人がその事由を付記して、署名に代えることができる。
五 公証人が、その証書は前各号に掲げる方式に従って作ったものである旨を付記して、これに署名し、印を押すこと。」
証人は欠格者はなれないが、「遺言公正証書の作成に当たり,民法所定の証人が立ち会っている以上, たまたま当該遺言の証人となることができない者が同席していたとしても,この者 によって遺言の内容が左右されたり,遺言者が自己の真意に基づいて遺言をするこ とを妨げられたりするなど特段の事情のない限り,当該遺言公正証書の作成手続を 違法ということはできず,同遺言が無効となるものではないと解するのが相当であ る(最判平成13年3月27日)」。
視覚障害者も読み聞かせをするので証人になれる。
実務では、条文と順序が異なり、先に遺言書を作成してから口授してもらうのが一般的である。
口授は厳格にする必要がありうなづくだけでは無効になる。
真意の確保が可能な客観的事情が必要である。
4.秘密証書遺言のメリットとデメリット
「第九百七十条 秘密証書によって遺言をするには、次に掲げる方式に従わなければならない。
一 遺言者が、その証書に署名し、印を押すこと。
二 遺言者が、その証書を封じ、証書に用いた印章をもってこれに封印すること。
三 遺言者が、公証人一人及び証人二人以上の前に封書を提出して、自己の遺言書である旨並びにその筆者の氏名及び住所を申述すること。
四 公証人が、その証書を提出した日付及び遺言者の申述を封紙に記載した後、遺言者及び証人とともにこれに署名し、印を押すこと。」
内容の秘密は最も保たれるが、公証役場でも慣れていないことが多い。
◆秘密証書によって遺言をするに当たり,遺言者以外の者が,市販の遺言書の書き方の文例を参照し,ワープロを操作して,文例にある遺言者等の氏名を当該遺言の遺言者等の氏名に置き換え,そのほかは文例のまま遺言書の表題及び本文を入力して印字し,遺言者が氏名等を自筆で記載したなど判示の事実関係の下においては,ワープロを操作して遺言書の表題及び本文を入力し印字した者が民法970条1項3号にいう筆者である。平成14年9月24日最高裁判所第三小法廷
5.共同遺言の禁止
第九百七十五条 遺言は、二人以上の者が同一の証書ですることができない。
6.遺言の撤回
遺言は死亡まで効力を生じない単独行為であるので、遺言者の最終意思を尊重して撤回を認める。
なお、撤回の撤回でも前の遺言の効力は発生しない(非復活主義)。
(遺言の撤回)
第千二十二条 遺言者はいつでも、遺言の方式に従って、その遺言の全部又は一部を撤回することができる。
(前の遺言と後の遺言との抵触等)
第千二十三条 前の遺言が後の遺言と抵触するときは、その抵触する部分については、後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなす。
2 前項の規定は、遺言が遺言後の生前処分その他の法律行為と抵触する場合について準用する。
(遺言書又は遺贈の目的物の破棄)
第千二十四条 遺言者が故意に遺言書を破棄したときは、その破棄した部分については、遺言を撤回したものとみなす。遺言者が故意に遺贈の目的物を破棄したときも、同様とする。
(撤回された遺言の効力)
第千二十五条 前三条の規定により撤回された遺言は、その撤回の行為が、撤回され、取り消され、又は効力を生じなくなるに至ったときであっても、その効力を回復しない。ただし、その行為が詐欺又は強迫による場合は、この限りでない。
(遺言の撤回権の放棄の禁止)
第千二十六条 遺言者は、その遺言を撤回する権利を放棄することができない。
※金一万円を与える旨の遺言をした後、遺言者が右遺贈に代えて生前に金五千円を受遺者に贈与することとし、受遺者もまたその後金銭の要求をしない旨を約したときは、遺贈は取り消された(判例)。
終生扶養を受けることを前提とし養子縁組をした上大半の不動産を遺贈した者が、後に協議離縁をした場合、その遺贈は取り消された(判例)。
第一の遺言を第二の遺言によって撤回した遺言者が、さらに第三の遺言によって第二の遺言を撤回した場合に、第三の遺言書の記載に照らし、遺言者の意思が第一の遺言の復活を希望することが明らかなときは、1025条但書の法意に鑑み、遺言者の真意を尊重して、第一の遺言の効力の復活を認める。(最判平9・11・13)
◆遺言者が自筆証書である遺言書に故意に斜線を引く行為は,その斜線を引いた後になお元の文字が判読できる場合であっても,その斜線が赤色ボールペンで上記遺言書の文面全体の左上から右下にかけて引かれているという判示の事実関係の下においては,その行為の一般的な意味に照らして,上記遺言書の全体を不要のものとし,そこに記載された遺言の全ての効力を失わせる意思の表れとみるのが相当であり,民法1024条前段所定の「故意に遺言書を破棄したとき」に該当し,遺言を撤回したものとみなされる。平成27年11月20日最高裁判所第二小法廷
7.遺言の無効
遺言が無効になるのは、遺言の方式違反(960条)、遺言能力なし(961条)、共同遺言(975条)、後見人に有利な遺言(966条)である。
なお、遺言の無効を避けるためにその解釈は、遺言者の真意を探求するとともになるべく有効になるように解釈すべきである(最判平成5年1月19日)
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