『信託契約』で貴重な財産を受託者から取り返せなくなった事例…民法も解っていない士業が税務も含めた信託法実務が解るわけがない

1.本件の事案(東京地裁平成30年10月23日)

(1)事件の概要

 X男には配偶者 A女、実子Y、養子C、養子Dがいた。Xは、甲土地, 後に取得した乙土地及び 丙土地等がある。 X およびYは、公証人Fの下で, Xを委託者兼受益者, Y を受託者とし、本件各不動産を信託財産とする信託契約を締結した。 本件信託契約によれば,信託目的は, Yが信託財産の管理および処分 (建物の建築も含む)を行い、Xの「生活介護・療養・借入金返済 納税等に必要な資金を給付して‥幸福な生活及び福祉を確保すること並びに資産の適正な管理・運用・保全・活用を通じて資産の円満な承継を実現すること」にあり (2条)、 信託は,Xの死亡または信託財産の消滅により終了する (8条)「XはYとの合意により,本件信託の内容を変更し,若しくは本件信託を一部解除し,又は本件信託を終了することができ」 (11条), 信託契約終了後の残余の信託財産は, Yに帰属するものとされている (15条)。Yは, 本件信託契約に基づき, 本件各不動産につき所有権移転 および信託登記手続をした。
 ところが、後日XはYに対して, 本件信託契約を詐欺により取り消すとの意思表示をし、訴えを提起した。主な理由は、金融機関が信託をしなければ融資できないと言っている旨の虚偽の事実を言ったなどである。Yが不動産の利用などに協力しないので本件信託契約の目的を不可能ならしめるもので,本件信託は目的達成不能により終了している(信託163条1号),,Xは委託者兼受益者として任意の時期に信託を終了させることができるなどと主張した(同164条1項)。

(2)東京地裁の判決

「本件信託契約の締結前, YがXに対し, Xが高齢であるので信託をしないと融資できないとEが述べている旨を告げたとの事実は認められない」。 「また,Xは,本件各不動産に係る信託の内容につき繰り返し説明を受けたもので, 80歳を過ぎた高齢者とはいえ,その判断能力が低下した様子もみられないから, Xにおいて、本件信託によって,本件各不動産につき自己の所有権ないし共有持分権を自由に行使できなくなるなどの法的効果が生じることを認識していなかったと認めることはできない」。
「本件信託契約2条に本件信託の目的として規定されている内容‥ は, 抽象的なものにとどまり、他の規定をみても新築計画の具体的な内容に言及するものはないから,新築計画の推進というXの動機が,本件信託契約の内容とされたとは認められない。」
「新築計画の推進が本件信託契約の目的となっているとはいえないから,新築計画の推進を拒絶するYにつき債務不履行となるというXの主張は、前提を欠く」
「本件信託契約において、 その目的を達成することができなくなった(信託法163条1号) との事情は認められない」 「信託法164条3項は,信託行為に別段の定めがあるときは,その定めるところによるとして、同条1項が任意規定である旨を明らかにしているが、本件信託契約11条は.「別段の定め』 であって,本件信託において、同法164条1項に優先して適用される規定であるというべきである」

2.信託法の規定(本判例に関連)

第二条 
① この法律において「信託」とは、次条各号に掲げる方法のいずれかにより、特定の者が一定の目的(専らその者の利益を図る目的を除く。同条において同じ。)に従い財産の管理又は処分及びその他の当該目的の達成のために必要な行為をすべきものとすることをいう。

第三条 
信託は、次に掲げる方法のいずれかによってする。
一 特定の者との間で、当該特定の者に対し財産の譲渡、担保権の設定その他の財産の処分をする旨並びに当該特定の者が一定の目的に従い財産の管理又は処分及びその他の当該目的の達成のために必要な行為をすべき旨の契約(以下「信託契約」という。)を締結する方法

(信託の終了事由)
第一六三条 
信託は、次条の規定によるほか、次に掲げる場合に終了する。
一 信託の目的を達成したとき、又は信託の目的を達成することができなくなったとき。

(委託者及び受益者の合意等による信託の終了)
第一六四条 
① 委託者及び受益者は、いつでも、その合意により、信託を終了することができる。

② 委託者及び受益者が受託者に不利な時期に信託を終了したときは、委託者及び受益者は、受託者の損害を賠償しなければならない。ただし、やむを得ない事由があったときは、この限りでない。

③ 前二項の規定にかかわらず、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる。

3.相続法の原則を修正する信託法の運用には反対する

 この判決の結論は、信託法の契約優先の考え方であるが、相続法の人の死による財産などの承継秩序を社会の基本秩序法であると考える立場からは反対である。

 結果の妥当性から考えても、仮に遺留分減殺請求(令和5年現在は侵害額請求)が可能になるとしても、4人の共同相続人のうちの一人に「抜け駆け」的な取得を認めることになろう。自分の財産を誰に与えるかは本人が自由に決めるのが日本国憲法29条の財産権の自由である。だから、遺贈の撤回は自由なのだ。

 また、相続は不労所得であるが、ただで他人様から財産をもらうのであればいつも言っているように謙虚になりなさい。人間としての基本倫理だ。

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