1.民法の関連条文

(特別受益者の相続分)
第九〇三条 
① 共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、第九百条から第九百二条までの規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。

② 遺贈又は贈与の価額が、相続分の価額に等しく、又はこれを超えるときは、受遺者又は受贈者は、その相続分を受けることができない。

③ 被相続人が前二項の規定と異なった意思を表示したときは、その意思に従う。

④ 婚姻期間が二十年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対し、その居住の用に供する建物又はその敷地について遺贈又は贈与をしたときは、当該被相続人は、その遺贈又は贈与について第一項の規定を適用しない旨の意思を表示したものと推定する。

(遺留分を算定するための財産の価額)
第一〇四三条 
① 遺留分を算定するための財産の価額は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除した額とする。

② 条件付きの権利又は存続期間の不確定な権利は、家庭裁判所が選任した鑑定人の評価に従って、その価格を定める。

第一〇四四条 
① 贈与は、相続開始前の一年間にしたものに限り、前条の規定によりその価額を算入する。当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、一年前の日より前にしたものについても、同様とする。

② 第九百四条〈特別受益者の相続分〉の規定は、前項に規定する贈与の価額について準用する。
③ 相続人に対する贈与についての第一項の規定の適用については、同項中「一年」とあるのは「十年」と、「価額」とあるのは「価額(婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本として受けた贈与の価額に限る。)」とする。

2.最高裁平成30年10月19日判決

(1)事案

  亡Aは亡Bの妻であり,上告人X,被上告人Y及びCはいずれも亡Bと亡Aとの間の子である。Dは,Yの妻であって,亡B及び亡Aと養子縁組をしたものである。
  亡Bは,平成20年12月に死亡した。亡Bの法定相続人は,亡A,X,Y,C及びDである。
 亡A及びDは,亡Bの遺産についての遺産分割調停手続において,遺産分割が未了の間に,Yに対し,各自の相続分を譲渡し同手続から脱退した。
 亡Aは,平成22年8月,その有する全財産をYに相続させる旨の公正証書遺言をした。
  亡Bの遺産につき,X,Y及びCの間において,平成22年12月,遺産分割調停が成立し,これにより,上告人Xは複数の土地及び複数の建物を取得し,被上告人Yは複数の土地、建物、現金及び預貯金並びにその他の財産を取得し,Cは複数の土地及び建物を取得した。
  亡Aは,平成26年7月に死亡した。その法定相続人は,X,Y,C及びDである。
  亡Aは,その相続開始時において,約35万円の預金債権を有していたほか,約36万円の未払介護施設利用料債務を負っていた。
 Xは,平成26年11月,Yに対し,亡Aの相続に関して遺留分減殺請求権を行使する旨の意思表示をした。
  本件は,Xが,Yに対し,相続分譲渡によって遺留分を侵害されたとして,Yが遺産分割調停によって取得した不動産の一部についての遺留分減殺を原因とする持分移転登記手続等を求める事案である。本件相続分譲渡が,亡Aの相続において,その価額を遺留分算定の基礎となる財産額に算入すべき贈与(民法1044条,903条1項)に当たるか否かが争われている。

(2)原審の判決

 相続分の譲渡による相続財産の持分の移転は,遺産分割が終了するまでの暫定的なものであり,最終的に遺産分割が確定すれば,その遡及効によって,相続分の譲受人は相続開始時に遡って被相続人から直接財産を取得したことになるから,譲渡人から譲受人に相続財産の贈与があったとは観念できない。また,相続分の譲渡は必ずしも譲受人に経済的利益をもたらすものとはいえず,譲渡に係る相続分に経済的利益があるか否かは当該相続分の積極財産及び消極財産の価額等を考慮して算定しなければ判明しないものである。したがって,本件相続分譲渡は,その価額を遺留分算定の基礎となる財産額に算入すべき贈与には当たらない。

(3)最高裁の判決

 共同相続人間で相続分の譲渡がされたときは,積極財産と消極財産とを包括した遺産全体に対する譲渡人の割合的な持分が譲受人に移転し,相続分の譲渡に伴って個々の相続財産についての共有持分の移転も生ずるものと解される。
 そして,相続分の譲渡を受けた共同相続人は,従前から有していた相続分と上記譲渡に係る相続分とを合計した相続分を有する者として遺産分割手続等に加わり,当該遺産分割手続等において,他の共同相続人に対し,従前から有していた相続分と上記譲渡に係る相続分との合計に相当する価額の相続財産の分配を求めることができることとなる。
 このように,相続分の譲渡は,譲渡に係る相続分に含まれる積極財産及び消極財産の価額等を考慮して算定した当該相続分に財産的価値があるとはいえない場合を除き,譲渡人から譲受人に対し経済的利益を合意によって移転するものということができる。遺産の分割が相続開始の時に遡ってその効力を生ずる(民法909条本文)とされていることは,以上のように解することの妨げとなるものではない。
 したがって,共同相続人間においてされた無償による相続分の譲渡は,譲渡に係る相続分に含まれる積極財産及び消極財産の価額等を考慮して算定した当該相続分に財産的価値があるとはいえない場合を除き,上記譲渡をした者の相続において,民法903条1項に規定する「贈与」に当たる。
  以上と異なる見解に基づき,本件相続分譲渡はその価額を遺留分算定の基礎となる財産額に算入すべき贈与に当たらないとして上告人の請求を棄却すべきものとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。

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