1.遺留分とは

遺留分制度を2018年改正相続法は1042条以下で定めている。大幅な改正であった。

経過規定があるが、法的安定性の観点から2019年7月1日施行日以前に開始した相続では従来の「遺留分減殺請求」、不動産の共有状態を発生させるものが適用されるので、法律実務上は依然として激しい争いが当面は一部で続く。

遺留分制度では、配偶者や子等一定範囲の相続人に、被相続人の財産の一定割合について相続権を保障している。

その部分そのものを遺留分と言い、その法的地位が遺留分権である。

その余の部分は自由分である。

自由分を超えて贈与や遺贈があれば、効力を奪う権利が「遺留分侵害額請求権(旧法の遺留分減殺請求権)」で遺留分権利者はその行使が自由である。

推定相続人の期待権や生活保障さらには財産形成への寄与に根拠を持つが、実務上は不合理で不当な遺言から法定相続人の権利を守る点にあろう。

もっとも、いたずらな権利主張に対しては、遺留分減殺請求権の対象にならない特段の事情があるとする判例がある。

(遺留分の帰属及びその割合)
第一〇四二条 
① 兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、次条第一項に規定する遺留分を算定するための財産の価額に、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合を乗じた額を受ける。

一 直系尊属のみが相続人である場合 三分の一

二 前号に掲げる場合以外の場合 二分の一

② 相続人が数人ある場合には、前項各号に定める割合は、これらに第九百条及び第九百一条の規定により算定したその各自の相続分を乗じた割合とする。

■ここで定めているのは、遺留分権利者全員に残されるべき相続財産に対する割合である総体的遺留分であり、これに各自の法定相続分を掛けたものが個別的遺留分である。

子の代襲相続人は被代襲者であること同じ遺留分を有するが、相続欠格・相続廃除・相続放棄によって相続権を有しないものは遺留分もない。

(法定相続分)
第九〇〇条 
同順位の相続人が数人あるときは、その相続分は、次の各号の定めるところによる。
一 子及び配偶者が相続人であるときは、子の相続分及び配偶者の相続分は、各二分の一とする。
二 配偶者及び直系尊属が相続人であるときは、配偶者の相続分は、三分の二とし、直系尊属の相続分は、三分の一とする。三 配偶者及び兄弟姉妹が相続人であるときは、配偶者の相続分は、四分の三とし、兄弟姉妹の相続分は、四分の一とする。

四 子、直系尊属又は兄弟姉妹が数人あるときは、各自の相続分は、相等しいものとする。ただし、父母の一方のみを同じくする兄弟姉妹の相続分は、父母の双方を同じくする兄弟姉妹の相続分の二分の一とする。

(代襲相続人の相続分)
第九〇一条 
① 第八百八十七条第二項又は第三項の規定により相続人となる直系卑属の相続分は、その直系尊属が受けるべきであったものと同じとする。ただし、直系卑属が数人あるときは、その各自の直系尊属が受けるべきであった部分について、前条の規定に従ってその相続分を定める。

② 前項の規定は、第八百八十九条第二項の規定により兄弟姉妹の子が相続人となる場合について準用する。

2.遺留分減殺請求から遺留分侵害額請求制度に変更

(1)遺留分減殺請求権の行使による物権的効果廃止

相続法改正は、遺留分の侵害を主張しても「金銭」を請求できるのみとなって、実務的には非常にすっきりした。

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第一〇四六条(遺留分侵害額の請求)
遺留分権利者及びその承継人は、受遺者(特定財産承継遺言により財産を承継し又は相続分の指定を受けた相続人を含む。以下この章において同じ。)又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができる。
2遺留分侵害額は、第千四十二条の規定による遺留分から第一号及び第二号に掲げる額を控除し、これに第三号に掲げる額を加算して算定する。
一 遺留分権利者が受けた遺贈又は第九百三条第一項に規定する贈与の価額
二 第九百条から第九百二条まで、第九百三条及び第九百四条の規定により算定した相続分に応じて遺留分権利者が取得すべき遺産の価額
三 被相続人が相続開始の時において有した債務のうち、第八百九十九条の規定により遺留分権利者が承継する債務(次条第三項において「遺留分権利者承継債務」という。)の額

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この改正は遺言者の意思を尊重する優れたもので、相続人間で不動産の共有関係が当然に生じていた事態を避けることができ、遺言によって特定の財産を相続人や受遺者に与えたいという遺言者の意思が尊重される。

また、承継される「株式」が準共有状態になって株主名簿に登録されるという、複雑な権利関係が発生することもなくなる。

(2)受遺者が複数いる場合

遺留分侵害額請求により、受遺者は、遺贈(特定財産承継遺言による財産の承継を含む)の目的の価額(受遺者が相続人である場合は、同人自身にも遺留分があるから、当該価額から遺留分として同人が受けるべき額を控除した額)を限度として、各人の受けた遺贈の目的の価額の割合に応じて、それぞれ遺留分侵害額を負担することに変更された。

第一〇四七条(受遺者又は受贈者の負担額)
受遺者又は受贈者は、次の各号の定めるところに従い、遺贈(特定財産承継遺言による財産の承継又は相続分の指定による遺産の取得を含む。以下この章において同じ。)又は贈与(遺留分を算定するための財産の価額に算入されるものに限る。以下この章において同じ。)の目的の価額(受遺者又は受贈者が相続人である場合にあっては、当該価額から第千四十二条の規定による遺留分として当該相続人が受けるべき額を控除した額)を限度として、遺留分侵害額を負担する。
一 受遺者と受贈者とがあるときは、受遺者が先に負担する。
二 受遺者が複数あるとき、又は受贈者が複数ある場合においてその贈与が同時にされたものであるときは、受遺者又は受贈者がその目的の価額の割合に応じて負担する。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従う。
三 受贈者が複数あるとき(前号に規定する場合を除く。)は、後の贈与に係る受贈者から順次前の贈与に係る受贈者が負担する。
2第九百四条、第千四十三条第二項及び第千四十五条の規定は、前項に規定する遺贈又は贈与の目的の価額について準用する。
3前条第一項の請求を受けた受遺者又は受贈者は、遺留分権利者承継債務について弁済その他の債務を消滅させる行為をしたときは、消滅した債務の額の限度において、遺留分権利者に対する意思表示によって第一項の規定により負担する債務を消滅させることができる。この場合において、当該行為によって遺留分権利者に対して取得した求償権は、消滅した当該債務の額の限度において消滅する。
4受遺者又は受贈者の無資力によって生じた損失は、遺留分権利者の負担に帰する。
5裁判所は、受遺者又は受贈者の請求により、第一項の規定により負担する債務の全部又は一部の支払につき相当の期限を許与することができる。

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いずれにしろ、例外的であれ、「現物引渡し」を求めることはできなくなった。

当事者が合意すれば、不動産を含む財産を遺留分侵害額請求に基づく金銭に代えて現物給付ができるが、この場合、「代物弁済」となって、受遺者に譲渡所得税がかかる。

もっとも受遺者からみれば、請求者に現物を押し付けることはできなくなり、金銭で払わざるを得なくなったともいえる。

(3)遺留分の算定方法の改正

これまで、贈与は相続開始前の1年間にしたものに限り、遺留分の算定の規定によりその価額を算入するとされていた(改正前民法1030条前段)が、実務においては、最高裁判所判例により、旧条項が民法903条を準用するとされていたためである(最判平成10・ 3 ・24)。

第九〇三条(特別受益者の相続分)
共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、第九百条から第九百二条までの規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。

つまり、判例は、民法903条1項の定める相続人に対する贈与は、当該贈与が相続開始よりも「相当以前」にされたものであって、その後の時の経過に伴う社会経済事情や相続人など関係人の個人的事情の変化をも考慮するとき、減殺請求を認めることが当該相続人に酷であるなどの特段の事情のない限り、同法1030条の定める要件を満たさないものであっても、遺留分減殺の対象となるとしていた。

これらの点を踏まえて、今回の法改正で次のように整理された。

第一〇四三条(遺留分を算定するための財産の価額
遺留分を算定するための財産の価額は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除した額とする。
2条件付きの権利又は存続期間の不確定な権利は、家庭裁判所が選任した鑑定人の評価に従って、その価格を定める。

第一〇四四条
贈与は、相続開始前の一年間にしたものに限り、前条の規定によりその価額を算入する。当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、一年前の日より前にしたものについても、同様とする。
2第九百四条の規定は、前項に規定する贈与の価額について準用する。
3相続人に対する贈与についての第一項の規定の適用については、同項中「一年」とあるのは「十年」と、「価額」とあるのは「価額(婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本として受けた贈与の価額に限る。)」とする。

なお、依然として特別受益の問題は残るので、実務でよく使う遺言等で持戻し免除の定めをすることになろう。

つまり、被相続人が遺言で「持戻し免除」の意思表示をすれば、特別受益を相続財産に加えられることはなくなる。

ところで、1044条1項では、「…当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、1年前の日より前にしたものについても、…」とあるが、この「害意」の「害意」の立証は、困難を極めることがある一方で、安易に主張されることもありうる。

遺言者が将来、相続トラブルの発生を避け、相続人間の公平を図りたいときは、遺言書の付言事項等で生前贈与のいきさつや、実はそれが贈与でなく貸付金であるなどの事情を明らかにすべきで、場合によっては、903条3項の持戻しの免除の適用を考えることも必要である。

(4)裁判所による債務弁済支払いの猶予の許与制度

遺留侵害額請求権になった関係で、受遺相続人が遺留分を現金で支払うことが直ちに出来ない場合も多く出てくるであろう。

そこで、裁判所による債務弁済の支払いの猶予の許与制度を導入した。これにより、受遺相続人において、分割払いや支払期間の猶予という方法で負担を軽くすることができるようになった。

■1047条第5項:裁判所は、受遺者又は受贈者の請求により、第一項の規定により負担する債務の全部又は一部の支払につき相当の期限を許与することができる。

(5)相続開始前の遺留分の放棄を家裁の許可の下で認めている。

1000件程が1年間にある。

(遺留分の放棄)
第一〇四九条 
① 相続の開始前における遺留分の放棄は、家庭裁判所の許可を受けたときに限り、その効力を生ずる。

② 共同相続人の一人のした遺留分の放棄は、他の各共同相続人の遺留分に影響を及ぼさない。

相続の放棄の場合は他の相続人の遺留分が増えるのと異なる点に注意が必要であろう。

許可が認められるには、

権利者の自由意思があること、

 放棄理由に必要性や合理性があること、

 放棄と引き換えに代償があるかなど

が基準になっている。

許可の取り消しもある(家事事件手続法78条)。

(6)中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律

経営の承継に伴い、(1)相続税及び贈与税の負担、(2)事業承継時の資金調達難、(3)民法上の遺留分による制約、といった様々な問題が発生しており、これら諸問題に対応するため、「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律(中小企業経営承継円滑化法)」が平成20年10月1日(民法の特定に関する規定は平成21年3月1日)から施行された。
このうち遺留分に関する民法の特例は一定の要件を満たす後継者が、遺留分権利者全員との合意及び所用の手続きを経ることを前提に、民法の特例の適用を受けることができる制度である。
2011年に19件あった。

3.遺留分額の算定

(1)相続財産

共同相続人の特別受益ある場合は別途計算する

特別受益者の相続分
第九〇三条 
① 共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、第九百条から第九百二条までの規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。

② 遺贈又は贈与の価額が、相続分の価額に等しく、又はこれを超えるときは、受遺者又は受贈者は、その相続分を受けることができない。

③ 被相続人が前二項の規定と異なった意思を表示したときは、その意思に従う。

④ 婚姻期間が二十年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対し、その居住の用に供する建物又はその敷地について遺贈又は贈与をしたときは、当該被相続人は、その遺贈又は贈与について第一項の規定を適用しない旨の意思を表示したものと推定する。

◆遺留分算定の基礎となる財産に特別受益として加えられる贈与財産が金銭である場合、相続開始時の貨幣価値に換算した価額をもって評価するのが相当である。(最判昭51・3・18)

(2)遺留分算定の基礎になる財産

遺留分算定の基礎になる財産=

 ①相続開始時に被相続人が有した積極財産+②被相続人が生前に贈与した財産(相続人に対しては10年以内が原則、第三者に対しては1年以内が原則)-③債務の全額

(3)具体的遺留分額

具体的遺留分額=

 遺留分算定の基礎になる財産×個別的遺留分の割合-(遺留分権利者が取得済みの特別受益の価額+遺留分権利者が受けた遺贈額)

(4)被相続人が贈与した財産

上記の②被相続人が贈与した財産は4つある。

・相続開始前の1年間になされた贈与(財団法人設立のための寄付行為、無償の債務免除を含む)、

・遺留分権利者に損害を与えることを知ってなされた贈与(加害意図までは不要で、遺留分を侵害するという認識があればよい)、

・共同相続人への10年以内の特別受益の贈与(時期や侵害の認識など不要で、持ち戻しの免除されていても含む。また、特段の事情のない限りすべて減殺対象となると判例はする)、

・負担付き贈与の無償部分と不相当な対価でなされた有償処分

の4つである。

第一〇四五条 
① 負担付贈与がされた場合における第千四十三条第一項に規定する贈与した財産の価額は、その目的の価額から負担の価額を控除した額とする。

② 不相当な対価をもってした有償行為は、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知ってしたものに限り、当該対価を負担の価額とする負担付贈与とみなす。

(5)債務の全額

上記の③債務の全額は、税金等の公法上の債務も含むが原則として保証債務は含まない。

個別の遺留分算定額では法定相続分で計算するが、

相続させる遺言で判例は、「相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる旨の遺言がされた場合には,遺言の趣旨等から相続債務については当該相続人にすべてを相続させる意思のないことが明らかであるなどの特段の事情のない限り,相続人間においては当該相続人が相続債務もすべて承継したと解され,遺留分の侵害額の算定に当たり,遺留分権利者の法定相続分に応じた相続債務の額を遺留分の額に加算することは許されない。(最判平成21年3月24日)」とする。

(6)遺留分侵害額の基本的計算式

(遺留分侵害額の請求)
第一〇四六条 
① 遺留分権利者及びその承継人は、受遺者(特定財産承継遺言により財産を承継し又は相続分の指定を受けた相続人を含む。以下この章において同じ。)又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができる。

② 遺留分侵害額は、第千四十二条の規定による遺留分から第一号及び第二号に掲げる額を控除し、これに第三号に掲げる額を加算して算定する。
一 遺留分権利者が受けた遺贈又は第九百三条第一項に規定する贈与の価額

二 第九百条から第九百二条まで、第九百三条及び第九百四条の規定により算定した相続分に応じて遺留分権利者が取得すべき遺産の価額

三 被相続人が相続開始の時において有した債務のうち、第八百九十九条の規定により遺留分権利者が承継する債務(次条第三項において「遺留分権利者承継債務」という。)の額

◆遺留分の侵害額は、遺留分額から、遺留分権利者が相続によって得た財産額を控除し、その者の負担する相続債務額を加算して算定する。(最判平8・11・26)

遺留分侵害額=

 遺留分額-(相続によって得た財産額-相続債務分担額)-(特別受益の受贈額+遺贈額)

※かっこを外すと

遺留分侵害額=遺留分額-相続によって得た財産額-特別受益の受贈額-遺贈額+相続債務分担額

なお、相続によって得た財産額と遺贈額は、まとめて「遺留分権利者が遺産分割によって取得すべき財産額」としてもよい。

(7)侵害額請求の仕方

(受遺者又は受贈者の負担額)
第一〇四七条 
① 受遺者又は受贈者は、次の各号の定めるところに従い、遺贈(特定財産承継遺言による財産の承継又は相続分の指定による遺産の取得を含む。以下この章において同じ。)又は贈与(遺留分を算定するための財産の価額に算入されるものに限る。以下この章において同じ。)の目的の価額(受遺者又は受贈者が相続人である場合にあっては、当該価額から第千四十二条の規定による遺留分として当該相続人が受けるべき額を控除した額)を限度として、遺留分侵害額を負担する。
一 受遺者と受贈者とがあるときは、受遺者が先に負担する。

二 受遺者が複数あるとき、又は受贈者が複数ある場合においてその贈与が同時にされたものであるときは、受遺者又は受贈者がその目的の価額の割合に応じて負担する。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従う。

三 受贈者が複数あるとき(前号に規定する場合を除く。)は、後の贈与に係る受贈者から順次前の贈与に係る受贈者が負担する。

② 第九百四条〈特別受益者の相続分〉、第千四十三条第二項及び第千四十五条〈遺留分を算定するための財産の価額〉の規定は、前項に規定する遺贈又は贈与の目的の価額について準用する。

③ 前条第一項の請求を受けた受遺者又は受贈者は、遺留分権利者承継債務について弁済その他の債務を消滅させる行為をしたときは、消滅した債務の額の限度において、遺留分権利者に対する意思表示によって第一項の規定により負担する債務を消滅させることができる。この場合において、当該行為によって遺留分権利者に対して取得した求償権は、消滅した当該債務の額の限度において消滅する。

④ 受遺者又は受贈者の無資力によって生じた損失は、遺留分権利者の負担に帰する。

⑤ 裁判所は、受遺者又は受贈者の請求により、第一項の規定により負担する債務の全部又は一部の支払につき相当の期限を許与することができる。

※共同相続人に対する遺贈が遺留分減殺の対象となる場合には、その遺贈の目的の価額のうち受遺者の遺留分額を超える部分のみが、減殺請求の対象になる。(最判平10・2・26)

(8)相続分の指定等は減殺請求の対象になるのか

民法では、減殺請求の対象が遺贈と贈与のみであるが、相続分の指定、特別受益の持ち戻しの免除、遺産分割方法の指定、共同相続人間の担保責任の免除等の時は減殺請求は可能であろうか。

◆最判平成24年1月26日の考え
「遺留分減殺請求により相続分の指定が減殺された場合には,遺留分割合を超える相続分を指定された相続人の指定相続分が,その遺留分割合を超える部分の割合に応じて修正される。特別受益に当たる贈与についてされた当該贈与に係る財産の価額を相続財産に算入することを要しない旨の被相続人の意思表示が遺留分減殺請求により減殺された場合,当該贈与に係る財産の価額は,上記意思表示が遺留分を侵害する限度で,遺留分権利者である相続人の相続分に加算され,当該贈与を受けた相続人の相続分から控除される。」

4.遺留分侵害額(減殺)請求権の行使と効果

(1)請求者

遺留分権者とその承継人(包括承継人である相続人・包括受遺者・相続分の譲受人・各贈与や遺贈に対する個別の減殺請求権の譲受人)

◆遺留分減殺請求権は、行使上の一身専属性を有するから、遺留分権利者が、これを第三者に譲渡するなど、権利行使の確定的意思を有することを外部に表明したと認められる特段の事情がある場合を除き、債権者代位権の目的とすることはできない。(最判平13・11・22)

(2)相手方

侵害額(減殺)請求対象の遺贈・贈与の受遺者・受贈者およびその包括承継人である。悪意の特定譲受人も含む(1040条)。

(3)遺留分侵害額(減殺)請求の行使方法

行使は、減殺の対象を明示して遺留分権に基づくものであることを裁判外で示すことでたりる。

◆被相続人の全財産が相続人の一部の者に遺贈された場合に、遺留分減殺請求権を有する相続人が、遺贈の効力を争うことなく、遺産分割協議の申入れをしたときは、特段の事情のない限り、その申入れには遺留分減殺の意思表示が含まれると解すべきである。(最判平10・6・11)

(4)遺留分侵害額(減殺)請求の効力

◆遺留分権利者が本条に基づいて行う減殺請求権は形成権であって、その権利の行使は受贈者または受遺者に対する意思表示によってなせば足り、必ずしも裁判上の請求による必要はなく、いったん、その意思表示がなされた以上、法律上当然に減殺の効力を生ずる。(最判昭41・7・14)

この物件的効果説の下では、遺留分請求権者は、贈与や遺贈が未履行の時は履行義務を免れる。すでに履行されていれば返還請求が可能である。共有関係に立つが、受遺者などは価額弁償も可能である(1041条)。

◆受贈者に対し減殺の請求をしたときは、その後受贈者から贈与の目的物を譲り受けた者に対して、さらに減殺の請求をすることはできない。また、減殺請求権の行使の結果の共有持分についての登記を経ていないときは対抗できない(最判昭35・7・19民集14-9-1779)。疑似的二重譲渡関係。

受贈者による果実の返還
第千三十六条  受贈者は、その返還すべき財産のほか、減殺の請求があった日以後の果実を返還しなければならない。
⇒相続時からでなくてよい。

(5)価額弁償(2019年改正施行以前)

・目的物の譲渡の場合

受贈者が贈与の目的を譲渡した場合等
第千四十条  減殺を受けるべき受贈者が贈与の目的を他人に譲り渡したときは、遺留分権利者にその価額を弁償しなければならない。ただし、譲受人が譲渡の時において遺留分権利者に損害を加えることを知っていたときは、遺留分権利者は、これに対しても減殺を請求することができる。
2  前項の規定は、受贈者が贈与の目的につき権利を設定した場合について準用する。

⇒この条文は受遺者にも類推適用される。

◆遺留分減殺請求を受けるよりも前に遺贈の目的を譲渡した受遺者が遺留分権利者に対して価額弁償すべき額は、譲渡の価額がその当時において客観的に相当と認められるときは、その価額を基準として算定する。(最判平10・3・10民集52-2-319)

・現物返還に代わる価額弁償

遺留分権利者に対する価額による弁償
第千四十一条  受贈者及び受遺者は、減殺を受けるべき限度において、贈与又は遺贈の目的の価額を遺留分権利者に弁償して返還の義務を免れることができる。
2  前項の規定は、前条第一項ただし書の場合について準用する。

◆受贈者または受遺者は、本条一項に基づき、減殺された贈与または遺贈の目的たる各個の財産について、価額を弁償して、その返還を免れることができる。(最判平12・7・11民集54-6-1886)

◆遺留分権利者が受贈者または受遺者に対し本条一項の価額弁償を請求する訴訟における贈与または遺贈の目的物の価額算定の基準時は、右訴訟の事実審口頭弁論終結の時である。(最判昭51・8・30民集30-7-768)

◆特定物の遺贈につき履行がされた場合、本条の規定により受遺者が遺贈の目的の返還義務を免れるためには、価額の弁償を現実に履行するかまたはその履行の提供をしなければならず、価額の弁償をすべき旨の意思表示をしただけでは足りない。(最判昭54・7・10民集33-5-562)

◆遺留分減殺請求を受けた受遺者が価額弁償する旨の意思表示をし、遺留分権利者が受遺者に対して価額弁償請求権を行使する旨の意思表示をした場合には、その時点において、当該遺留分権利者は、遺留分減殺によって取得した目的物の所有権および所有権に基づく現物返還請求権をさかのぼって失い、これに代わる価額弁償請求権を確定的に取得する。価額弁償請求に係る遅延損害金の起算日は、受遺者に対し弁償金の支払いを請求した日の翌日になる。(最判平20・1・24民集62-1-63)

(6)遺留分侵害額(減殺)請求権行使後の権利義務関係

遺留分減殺請求権行使の結果、遺留分権利者には相続財産から離れた権利が帰属し、不動産であれば共有持分の移転登記請求も可能になり、その共有関係は民法256条以下の共有関係の解消になり、遺産分割審判でなく遺産分割訴訟になろう。

もっとも、判例・実務では、民法の定める現物分割か競売による換価分割のみでなく、一括分割、価額の賠償、一部分割、共有者の一部の者には現物で他の者は金銭のみを割り当てる全面的価額賠償も認めた柔軟なものになっている。

(7)遺留分減殺請求権行使制限

・時効で消滅する。もっとも未履行の遺贈を求めるものに対してはいつでも主張可能である(抗弁権の永久性)

(遺留分侵害額請求権の期間の制限)
第一〇四八条 

遺留分侵害額の請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から一年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から十年を経過したときも、同様とする。

◆遺留分減殺請求権の行使の効果として生じた目的物の返還請求権等は、この消滅時効に服しない。(最判昭57・3・4)
◆遺留分権利者が、減殺すべき贈与の無効を訴訟上主張していても、被相続人の財産のほとんど全部が贈与されたことを認識していたときは、その無効を信じていたため減殺請求権を行使しなかったことにもっともと認められる特段の事情のない限り、右贈与が減殺できることを知っていたと推認するのが相当である。(最判昭57・11・12)

◆遺留分減殺の対象としての要件を満たす贈与を受けた者が、右贈与に基づいて目的物の占有を取得し、民法一六二条所定の期間、平穏かつ公然にこれを継続し、取得時効を援用したとしても、右贈与に対する減殺請求による遺留分権利者への右目的物についての権利の帰属は妨げられない。平成11年6月24日最高裁

(8)権利の濫用による行使制限

被相続人と遺留分権利者との間に信頼関係が破壊されるような事情があれば、相続廃除に類するものとして制限されよう。

5.2019改正法による遺留分侵害の例題演習

(1)相続人は、 配偶者A、子Bと子Cの3名で、相続開始時の遺産は6000万円であった。債務はない。第三者Dへの遺贈が6000万円、Bは、13年前の生前贈与が1億円あった。

・計算式1:遺留分算定の基礎になる財産=①相続開始時に被相続人が有した積極財産+②被相続人が生前に贈与した財産(相続人に対しては10年以内が原則、第三者に対しては1年以内が原則)-③債務の全額 に当てはめると 6000万円+0円ー0円=6000万円…(旧法下では相続人への特別受益は期間制限なく持ち戻し特約なければ1億円加算する)

・計算式2:具体的遺留分額=遺留分算定の基礎になる財産×個別的遺留分の割合-(遺留分権利者が取得済みの特別受益の価額+遺留分権利者が受けた遺贈額)に当て嵌めると、 Aの遺留分= 6000万円 × 1/2 × 1/2(=1500万円)ー(0円+0円)=1500万円、Bの遺留分は=6000万円 × 1/2 × 1/2 ×1/2(=750万円)ー(0円+0円)=750万円、Cも同じで750万円。

・計算式3:遺留分侵害額=遺留分額-(相続によって得た財産額-相続債務分担額)-(特別受益の受贈額+遺贈額)に当て嵌めると、Aの遺留分侵害額=1500万円ー(0円ー0円)ー(0円+0円)=1500万円、Bの遺留分侵害額=750万円ー(0円ー0円)ー(1億円+0円)=ー9250万円(=0円)、Cの遺留分侵害額=750万円ー(0円ー0円)ー(0円+0円)=750万円

上記の3つの計算式の結果、Aが1500万円、Cが750万円の請求可能となり、遺贈から贈与へとさかのぼるから、Dに対して請求することになる。その結果、Dは、6000万円ー(1500万円+750万円)=3750万円の受遺額となろう。なお、Bは1億円の取得のままである。

(続く)

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